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客は主人の言葉を聞いて、更に態度をやわらげて次のように言います。
私は法然上人が経典(きょうてん)を軽んじたり謗(そし)ったりしているかは分かりません。しかし「選択集(せんちゃくしゅう)」において全ての大乗経典と仏菩薩を「捨閉閣抛(しゃへいかくほう)」の四文字で捨てた事ははっきりとしてます。災難の起こる原因も文証によって「選択集」にある事が分かりました。世が平和で国土が安穏なのは万民が願うところです。国は仏法で繁栄し、また仏法は人によって貴ばれるものです。もし国が滅び、人がいなくなれば誰が仏法を崇め信じるでしょうか。でありますから、まず国家の安穏を祈って、その後に仏法の流布(るふ)をはかるべきであると思われます。そこでもし災難を払う方法があるならば、どうかお聞かせ下さい。
主人は答えて言います。正法を謗(そし)る者を禁じて、正法を弘(ひろ)め信じる人を重んじるならば国土は安穏で天下は太平になるでしょう。そのことは「涅槃経」「仁王経」「法華経」にも明らかです。これに私の言葉を付け加える必要はありません。正法を謗る者は五逆罪(ごぎゃくざい)を犯す者より罪が重く、無間地獄(むげんじごく)に堕(お)ちる者であり、またその者を供養する事はあってはいけません。
ところが国中の人々は法然上人の「選択集」にだまされて、浄土念仏だけを信仰し、釈迦堂を阿弥陀堂に改めたり、正法である法華経書写をやめて浄土三部経だけを書写したりしています。これこそまさしく仏を破り、法を破り、僧を破る大謗法(だいほうぼう)でありましょう。一日も早く天下を穏やかにしたいと願うなら、何よりもまず国中の謗法(ほうぼう)を禁じて、正しい仏法を立てなければなりません。
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